竹田新太郎:夏の保津峡

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作家: 武田信太郎 (1886-1957)

題名: 保津峡の夏 保津峡 制作年: 1939年、8月 

シリーズ: 新日本百景 (Shin Nihon Hyakkei)

赤い縞旗を掲げた木船が、京都の北西の山々に源を発する風光明媚な保津川を下っていく。左岸には、紫がかった色調の多彩で面取りされた岩が並び、右側には、川沿いにより滑らかな岩が続き、松林が遠くへと退いていくのが見える。小さな人物たちは、渓谷を流れ下りながら、自然に圧倒され、包み込まれているようにも見える。  この地点では川の水は穏やかで滑らかで、作者はそのさざ波を巧みに表している。今でも亀岡から手漕ぎ舟を借りて、嵐山まで川を下ることができる。このシリーズの作品はいずれも希少だ。

武田信太郎は長野県に生まれ、1913年に東京美術学校を卒業した。京都創作版画協会の先駆者であり、1932年から日本版画協会の会員でもあった。また京都と奈良で教鞭を執った。1920年代には学校で版画を広める活動に力を注いだ。

この連作は、地域紛争がやがて第二次世界大戦へと発展していく1938年から41年にかけて刊行されたもので、30人以上の創作版画家が協力して制作した。発行されたのは39点のみで、最後の29点は前川千帆が編集した。ニューサウスウェールズ州立美術館のウェブサイトによると、このシリーズの刊行は、第二次世界大戦中に日本の内部事情が敵に知られることを日本当局が恐れたため中止されたという。戦時下の偏執的な状況を考えれば不思議ではないが、資材不足や、画家たちが戦争機構に動員されたことなど、他の要因があった可能性も高い。

シリーズ名は右余白に赤字で押され、作家のグループ名「Nihon Hanga Kyokai sen」("Selected by the Japanese Print Association") は左下に押されている。 

状態: 印象、色彩、保存状態ともに非常に良好。 額装歴なし。作者名は右下余白に鉛筆で書き込まれているが、作者本人によるものかは不明である。

文献: シリーズ全体については大英博物館のウェブサイトを参照。写真のないものも多い。 寸法: 25 x 32.8 cm 

サイン: Shin (筆記体ローマ字)

SKU: SNH010