Tokushi Katsuhira 勝平得之: 男鹿半島(秋田)

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作者: 徳志 勝平 得之 (1904-1971)
題名: 男鹿半島(秋田)
日付: 1939年3月 シリーズ:  新日本百景 100 Views of New Japan (Shin Nihon Hyakkei)

男鹿半島の名高い海食洞のひとつの内部から北を望む景色で、現在は男鹿地質公園の一部となっている。これは、加茂青砂集落の南端にある半島で最も高い海食洞、寒風洞かもしれない。画家は、岩の形状だけでなく、洞窟の外へ顔をのぞかせて日光を見るときに目にするであろう緑がかった明るさにも、かなり写実的な色調を選んでいる。

徳志 勝平 得之は、人形彫刻と製紙の伝統の中から生まれた独学の画家だった。晩年の作品の大半は、故郷・秋田の伝統や風習に携わる地元の人々を描いているため、この作品は、こうした荒々しい画風で純粋な風景を表現した点で、きわめて特異である。男鹿半島は起伏の激しい地形で知られ、北本州の秋田沿岸から日本海へ西に突き出している。

徳志 勝平 得之は、人形彫刻と製紙の伝統の中から生まれた独学の画家だった。晩年の作品の大半は、故郷・秋田の伝統や風習に携わる地元の人々を描いているため、この作品は、こうした荒々しい画風で純粋な風景を表現した点で、きわめて特異である。男鹿半島は起伏の激しい地形で知られ、北本州の秋田沿岸から日本海へ西に突き出している。

1938年から41年にかけて刊行されたこの版画シリーズは、地域紛争がやがて第二次世界大戦へと発展する中、30人以上の創作版画家が協力して制作した。実際に発行されたのは39点のみで、残りの29点は前川千帆が編集した。ニューサウスウェールズ州立美術館のウェブサイトによれば、このシリーズの刊行は、戦時中に日本の内側を敵に知られることを恐れた日本当局によって中止された。戦時下の疑心暗鬼を考えれば不思議ではないが、物資の不足や、画家たちが戦争機構に動員されたことなど、他の要因もあった可能性が高い。

シリーズ名は右余白に赤で押され、作家グループ名「日本版画協会選」は左下に押されている。作家名は右下に鉛筆で書かれているが、おそらく本人の手によるものではない。

状態: 発色、色彩、状態ともに उत्कृष्ट。 
寸法: 24.8 x 32.4 cm
発行者: 作家自刷り

SKU: SNH032